2013年3月-甲府旅行・躑躅ヶ崎館(武田氏館)
甲府に来たら、甲府城の他にもう一つ忘れてはならないものがある。
武田氏の館、躑躅ヶ崎館。
甲府駅北口にあったこの資料館で事前に情報収集が出来た。(無料)
先ずはジオラマ。
堀や門、土塁が設けられ、城としての機能は備えていた。
1519年に武田信虎によって築かれ、甲府開府500年の節目を向かえる2019年に向けて周辺整備を行っているとか。
では、改めて躑躅ヶ崎館へ。
甲府駅北口から延びる「武田通り」を北へ進んでいく。
ずっと一本道で、若干上り坂になる。
途中途中に家臣の屋敷跡の説明書きがあり、家臣を周辺に住まわせていたのが分かる。なお、屋敷の名残の様なものは一切残ってはいない。
武田通りの突き当たりに来ると、緑を讃えた一帯に出くわす。
概ね甲府駅から2~3km離れている。
現代では中の一部に武田神社が造られている。
こちらが平面図。
神社以外の砦の領域の見学へ。
先ずは西の領域へ。
石垣は、武田氏滅亡後、ここを治めた徳川氏の時代に造られたものと言われており、甲府城が造られるまでは、ここは拠点として機能していたらしい。
写真ではうまく伝わらんが、空堀も残っている。
西の郭の広間。
この辺りに義信の館があったとか。
北の端まで来たら土橋が造られていた。
ここ躑躅ヶ崎館は甲府盆地の北の端にあるそうな。
守りやすい場所に配置したんやね。
ぐるっと外側を回って、今度は東の領域に来た。
堀と土塁が復元されている。
土塁に登って、館の門の入り口方面を内側から見た所。
こちらは、館の中心部を見た所。堀を越えその先に武田神社がある。
お気付きと思うが、武田氏の時代は南側でなく東側に大手門(正面の門)があったらしい。
武田氏館跡の躑躅ヶ崎館、500年経った今でも遺構が十分に残っていて見るべき所が多かった。なお、日本百名城の一つでもある。
武田氏は現代でも山梨県の人々から慕われているというのが来てみてよく分かった。
甲府市の信玄公祭り(来たときの翌週開催で、あちこちにポスターが)もそうだが、甲州市の武田勝頼公まつり、なんてのもあるらしい。
キャラクターにもなってるし。
他に、桔梗信玄餅や信玄桃と言ったお菓子。
信玄公の偉大さを感じます。
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